太原日语晨会学校优秀留学生李岩军演讲文章
作者:系统管理员    发布于:2018-03-20 16:58:49    文字:【】【】【

今、皆さんに一つの質問があります。日本に来て以来涙を流したことがありますか。勿論誰でも一度位は泣いたことがあると思います。小さい頃から「男なら泣くな」と両親から厳しく躾けられてきました。ですから、涙を流すのは恥ずかしいことだと思ってきました。このような教育を受けた私は日本に来る前は泣いたことがほとんどありませんでした。
(现在,想向大家提出一个问题。大家来到日本都流过泪么?当然,不论是谁都有过一两次流泪的经历吧。小时候父母总教育我【男儿有泪不轻弹】,所以,流泪对于我来说是一件害羞的事情。在这样的家庭教育下,来日本之前不管因为什么原因我很少自己一个人流泪过。)
ここで私が思わず泣いてしまったエピソードを紹介します。私は5年前中国のギターコンクールで優勝しました。その瞬間嬉しさで涙がとまりませんでした。しかし、最近のある出来事が私を打ちのめしました。それは留学試験が実施された6月17日のことです。会場の音響設備の不備による、酷い雑音のせいで、一番後ろに座っていた私は聴解問題が全然聞こえませんでした。耳を澄まして何とか聞き取ろうと努力しましだが、次の問題も次の問題もよく聞こえませんでした。私は混乱し、冷静さを失っていました。会場を出るなり絶望が全身を襲いました。この半年毎日の努力が一瞬水の泡になってしまいました。”もう、帰国するしかない”。歩きながらそう呟いていました。涙がポロポロこぼれました。
(在这里我想与大家分享几次我不经意间流泪的经历。在5年前,我在中国的古典吉他大赛中获得了很好的名次,在那一瞬间,我清楚的记得喜悦之情难以言表,唯有泪水流了下来。最近也有一次让我想不到的事情发生,那是6月17日,日本留学生考试的日子。因为考场音响设备出现问题,声音断断续续,在考场最后一排坐着的我听解问题几乎没有一个完全能听清的。我尝试着努力能听到些什么,但是下一个问题,再下一个问题,一如既往。我混乱而且失去了冷静。在走出考场的时候绝望吞噬了我,这半年每一天每一天的努力,执着。一瞬间成为泡影。“看来,只能回国了。”一边走一边这样想着,泪水一下子涌了出来。)
それから一週間経ったある日、私はKCPで思いがけない話をされたのです。もう一度聴解部分のテストを受けるチャンスを貰ったのです。KCPの先生が一人のために、会場の不備を講義してくださったからでした。私はもう一回勇気を出し、留学試験を受けました。その一週間天国と地獄を味わいました。この試練のおかげで、私は精神的に逞しくなったような気がします。そしてこんな私を励まし、支えてくださった先生方や友達に対する感謝の気持ちで一杯です。 
(过了一周,我被我们的语言学校告之,我可以重新参加一次听解部分的考试。KCP的老师们,只因为我一个人,向有关机构反映了考场的的问题,并强烈要求为了学生的前途,需要重新安排考试。于是我又一回拿出了所有勇气,参加了这次补考。那一周,直到现在回想起来,都好像瞬间体验了天堂与地狱似的。因为这次的试炼,我的精神,心里都变的成熟坚强起来。我对在那时给我勇气,支持我,鼓励我的老师,同学们的感谢,难以言表。)
日本に来てからいろいろな経験をしました。いままで泣いたことのない私を試しているかのようでした。そして、私は涙の本当の意味が少し分かってきました。両親に戒められた”泣いてはいけない”ではなく、泣きたいときは思い切り涙を流そう、と今は思っています。もし、涙で潤すことが出来なければ、心は乾いたままです。人間らしくありません。だから、神様から与えられた一番貴重な恵みを忘れないで、思う存分に喜怒哀楽を表現しましょう。
(自从来了日本,我开始经历各种个样的事情。这些事情好像是要把以前不怎么爱哭的我试炼一番一样。我开始渐渐的对泪水的定义有了新的了解。父母教育的“男儿有泪不轻弹”可能不一定完全正确,现在的我认为,在想哭的时候就让自己大声的哭出来吧。如果没有了眼泪的滋润,我们的心可能也会干涸吧。所以,我们不要把上帝赐予我们的恩惠:“泪水” 忘记与克制,尽情的用泪水去表现自己的喜怒哀乐吧。)
今まで身近な話ばかりしてきましたが、世界に目を向けよう。民族紛争で全てを失った人々な涙、飢餓に苦しむアフリカの子供の涙、でも死ぬほど苦しく切ない涙ばかりではありません。7月27日からロンドンでオリンピックが開催されています。この日のために必死に苦しい練習を乗り越えた選手の勝利の涙。私たちは両方の涙の意味を理解できるはずです。
(一直是在谈论身边的事情,现在把视线移到世界,因为民族纷争失去一切的人们的泪水,因为饥饿在痛苦中挣扎的非洲孩子们的泪水。当然,泪水不都是悲伤痛苦的。在为7月27日伦敦举行的奥运会中取得好成绩而夜以继日辛苦训练的选手因为超越了自己战胜了自己而夺眶而出的热泪,这种种泪水中包含的意义,我们因该了解。)
涙は不思議なものですね、人間は涙と共にこの世界に生まれてきました、そして涙と共にこの世を去ってしまいます。涙は様々な言語で表現できない表情を見せてくれます。あ~涙の本当の意味がやっと分かってきました。なぜ涙はにおいもないし色もない無色透明なのでしょうか、これは私たちの心が綺麗だからではないでしょうか。なぜ涙は海のように塩辛い味がするのでしょうか、涙は海と同じ、いろいろなものが含まれているからではないでしょうか。
(泪水真是个不可思议的东西,我们在哭声中来到这个世界,又在亲人朋友的哭声中撒手人寰,眼泪又可以表现很多很多无法用语言表达的情绪。啊~我似乎明白了泪的真正含义。为何眼泪是无色透明的呢,这难到不正说明我们的内心原本是纯洁无暇的么?为什么眼泪的味道与海水一样呢,那不正是因为眼泪如同广阔无垠的大海,之中包含了我们许多难以言表的东西么?)
この一年半、私も涙虫になってしまいました。だらしないわけではありません、成熟したからだと思います。皆さん今から10年後、後悔の涙を流さないために、KCPでの毎日の時間を大切にしましょう。
(在来日本的这一年半里,我的泪点也变的很低很低,并不是软弱,而是更加成熟了。同学们,从现在开始的10年后,为了不让我们到那时留下后悔的眼泪,请珍惜在KCP语言学校的每一天吧。)

后续:
这篇演讲是在2012年8月8日的下午进行的,我清楚的记得我是倒数第二个出场的。那天我们在一个可以容纳1500人左右的大礼堂里,可惜我们演讲的选手都在后台准备,没能在观众席亲眼看到每一位选手精彩的表现。记得前一天晚上莎莎跟我练习了最后一次这篇讲稿的时候,有些地方的措辞还犹豫不决。我们还在商量是否要去掉一些句子或是改变说法。现在想想正式演讲中能几乎精准无误的说出大约1300字的日语,真是万幸啊。
文章中提到的那次6月的留学生考试,是一次很少见的考场事故,在日本这样的先进国家出现那么低级的音响设备问题,是很少见的,那天我记得那个考场坐着200人,全国22000考生的200人,连零头都不到。其实后来得到重考的机会也是万万没有想到的,因为留学生考试的规模与严厉程度绝不亚于中国的高考,在中国的高考,我想就算人死了,也不会出现让学生重考的可能性吧。这就是日本远远超于中国的地方,日本是以人为本的,而中国是以,制度,体质,规则为本。我特别感谢语言学校的老师们,由其是校长金源先生,他那样在日本有很高社会地位的人能亲自为我向留学生考试机构抗议。我感觉到了前所未有的安全感,对他的敬意,同时也觉的,在日本,有时一个人的利益真的不是很渺小。也特别感谢指导我修改练习的神田老师,她经验丰富,这篇文章从标点措辞,到段落连接,再到内容深度,到最后的语音语调都是她一点点带着我完善的。她当时跟我说:”放心吧,你一定会得到最优秀奖的。我代的学生一向如此”其实我一直没这么妄想过,因为就算不计初级中级的学生,在高级与超级间相当有实力的同学有几位我是认识的,而且他们的辅导老师也曾经教过我。说实话,我没怎么好好练习过,我对我能在这么大且有意义的比赛中得到最优秀奖,直到现在一想起来就如梦一样。还得感谢下当时MS1班的同学们,个个都可以拿这个奖的实力,却把这个唯一的作为演讲者登台的机会让给了我。
临行的早上,我去莎莎家,她给我系好领带,整理好衣服。还给我化了化妆,嘱咐了我要注意的细节。其实,在日本每一步的成长里都有她,这份情谊,像刻刀一样刻在我脑子里,无论将来会怎样,不敢也无法忘记丝毫。比赛结束后,我在楼下见到了神田老师,她跟我说的第一句话是:“岩军同学你已经在KCP的历史上留下了你的名字。”当时我感觉怎么和牺牲了一样~~~~呵呵,在这个高峰后,发生了很多很多想不到的事,在这里就不一一叙述了,在日本的经历让我快速成长着,我无法去改变我想改变的过去,只能好好的活在现在,勇敢平静的去面对将来。
为了能让我妈妈,和所有想了解这次演讲的中国的后辈们能更深的了解这次演讲的内容,每一句日语的意思。我把添油加醋的翻译也写上了。时隔半年,辉煌过去了。那时的空气我永远记得。

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